どうも、ボクです。 いきなり前回の【未来からのメール】を読まれて、「こいつ、どうかしちまったのか?」と心配してくださった方は安心してください。
ボクはどうかしてないか、元々どうかしてるのどちらかですから。
なんで、あんなショートストーリーっぽいのを書いたかと言いますと、まぁ、気まぐれです。いつものことです。
ちょうどあの日は、部長と飲んで酔っ払って帰ってきて、部長から頂いた有難いお言葉と為になる教訓をネタにblogを更新しようと思ったものの、「別に部長の話は、書くほどのことじゃねぇな」と放棄しました。
いつもならパソコンを消して、おねむでござるよ。
そのとき、ふと思った。 ボクがblogを更新するのは、ボクがそうしたいときだけなんだけど、別に更新したくもないときにそうしたらどうなるのか?
ボクがblogの記事を書くときってのはですね、すでに書く前からネタができてんですよ。 なんか面白いことがあったら「あ、今日はこれ書こう」と思うので。
とは言っても、主に”眠たい”や”めんどくさい”が理由でボツになることが多々あるのですが。
戯れに、ボクがこの瞬間に全く考えてもいないネタを書いてやろうなどと、いまだかつてないボクバイ史上初の試み、「特に更新したくないけど、更新してみよう!」が始まったのでござるよ!
コレは、ボクの今の仕事にかなり近いものがあります。いつも「じゃあ、何か面白いこと考えておいて」と無茶振りをされるので、発想力を鍛える訓練にもなるんじゃねぇの?
20分ぐらいでストーリーを考えて、2時間半で書き上げました。 ……ホント、やめときゃよかったとよ。
当初の予定では、構想30分・執筆1時間で考えていたのに、大幅に延期しました。完全にボクの工程ミスです。書き始めてから1時間経ったときに「もう止めようか?」と真剣に考えました。
あと、ボクが何かを書くと「どうせパクりだろ」とか思ってたら、ぶっ飛ばします。オリジナルやっちゃうねん!いや、実際、よく言われるので。あれ、何のパクり?って。
多少のインスパイアは認めます。 それだけです。
せっかく初の試みとして”キツネハンター式あるある発想法”で更新したので、これまた初の試みとしてボクの文章を分析してみます。
文章の表現法の一つに、朦朧法 (もうろうほう) というものがあります。
ウィキペディアによると、「怪異についてはっきりとした描写をせず、曖昧な描写や暗示や仄めかしを積み重ねることによって、読者一人一人が思い思いの恐怖のなかに落ち込んでいくことを狙った手法」だそうです。
要は、解釈の余地を残し、様々に受け取れるような表現の仕方が朦朧法だと、ボクは考えています。恐怖の要素が入らない場合には、曖昧表現と言った方がいいかも知れません。
そして、ボクは朦朧法が大好きです。何故って、先を書かなくても読んだ人が勝手に想像してオチをつけてくれるので楽だから。しかも、読んだ人には、そこそこ文章力があるような印象を与えられるというオマケ付き。
怪談のオチが思いつかない時は、「それはお前のことだー」などとセリフで誤魔化してしまえばいいんです。その先は、もう気にしない。ご自由に想像してくださいってスタンスで、投げっぱなしにする。
これだけで、怪談のオチは完璧なんですから、朦朧法ってのはスゴイもんです。
その朦朧法、じゃなくて、怖くないから曖昧表現は冒頭で使用しています。
なんかパチンコ玉の話が書いてあるじゃん? アレは、全く意味がありません。 ボクにとっては全く意味がないんだけど、人によっては読み終わったあとに「あぁ、最初のはそういう意味だったのか」と誤解してくれる恐れがあります。
いわば、トラップです。それらしいことを曖昧に書いとけば、頭のいい人なら裏を読んで色々と書いた意味を考えてくれるでしょう。書いたボクは、何も考えてませんが。
また、最初から創作ネタを書いてしまうより、「今日はいつもと違うぞ?」と準備させてからネタに入った方がいいだろうと思いまして、前説として置いておきました。
昨日の上に今日を乗っけて、今日の上にはどんな明日が乗るんだろうか、なんて期待していられるほうが、やっぱりいいと思う。
パンドラの箱に最後に残ったのは希望あるいは予知と言われているから、他のと一緒に飛び出してしまっていれば良かったのに。
↑こんなもん、マジで意味分からねぇから。それっぽいことを、それっぽく書いただけです。
電車が遅れるシーンでも朦朧法を使用しています。 「本日は人身事故のためダイヤが乱れております」で終わってるところね。
本来なら、そのあとに”ボクはメールの受信日時と文章を何度も見返した”やら”その後、ボクは本当にメールは未来から着ていると確信した”なりを書かなくてはいけませんが、セリフで終わらしています。
その先を書くのめんどくさいし、何かアソコで終わってる方がテクあるっぽくねぇ?
一方で、電車に乗るシーンは詳しく記述しています。ここはどうでもよくて、いつも乗ってる特急だとか2番線に停まってるなんてことは本筋には必要ないのだけど、あえて書いています。
どうでもいいことは丁寧に書いて、大事なことは書かないのが、文章ってもんかなーとボクは思っています。
例えば、《いのちだいじに》が作品のテーマだとしたら、《いのちだいじに》ってハッキリ書いたらダメじゃん。これを詳しく書くとスゴイめんどくさいので、道徳の時間みたいに各々で理由を考えてください。
なぜ、キツネハンターはそんなことを言ったのでしょうか?(朦朧法)
あの話は、基本的に全部ウソなんだけど、いつも乗る電車のくだりだけは本当のことです。リアリティを持たせる為に挿入してみました。
99%が虚偽でも、たった1%の真実が混ざっていれば、それは真実だそうです。
ネタへの食いつきをよくするために最初にメールの文章を持ってきてみました。
よく中学生とかの文章で、↓こんなのあるじゃん。
なぜか分からないんだけど、効果音やセリフで始まる文章は、続きが読みたくなるんだよね。たぶん、そこで意味が分からないから興味が沸いちゃうんだろうね。
そんな訳で、小賢しい中坊が使う感じでやってみました。
メール着信音の「タッタラ〜♪」ってのを何度も書いているのは、同じ効果を狙っています。どんなメールが着たのか?と誘導する狙いで。
ネタへの食いつき関係では、タイトルの「未来からのメール」も、そう。 お前らみたいなもんはアホやから、こんなタイトルにしとけば食いつくんだろッ!
未来という少し非現実感があるものに、メールという普段から使っていて現実感があるものを組み合わせることで、ギャップを生み出しているのだよ!ツンデレの理論と同じなのだよ!!
不思議の国のアリスってあるでしょ。アレは、アリスがボクらと同じ普通の世界の住人だったのが、異世界に飛ばされちゃうから面白いんですよ。
もし、あの話の主人公がボクらから見て異世界人、トランプ二等兵とかだったら、きっとつまらない。ふ〜ん、そうなんだーで、終わっちゃいます。トランプ二等兵はボクらと根本が違うから共感できない。
そんで、トランプ二等兵は異世界人だから、異世界のことにいちいち驚かないからね。「うぉ、ネコしゃべった」とかビビらないから、面白くない。
全部が全部、突拍子もないことで固めるより、馴染みのあるものを入れておくのがミソってもんです。
う〜ん、こんなもんでしょうか。とにかく一人称は書きやすいです。三人称で書けるのは文章力のある人だ。
ボクはどうかしてないか、元々どうかしてるのどちらかですから。
なんで、あんなショートストーリーっぽいのを書いたかと言いますと、まぁ、気まぐれです。いつものことです。
ちょうどあの日は、部長と飲んで酔っ払って帰ってきて、部長から頂いた有難いお言葉と為になる教訓をネタにblogを更新しようと思ったものの、「別に部長の話は、書くほどのことじゃねぇな」と放棄しました。
いつもならパソコンを消して、おねむでござるよ。
そのとき、ふと思った。 ボクがblogを更新するのは、ボクがそうしたいときだけなんだけど、別に更新したくもないときにそうしたらどうなるのか?
ボクがblogの記事を書くときってのはですね、すでに書く前からネタができてんですよ。 なんか面白いことがあったら「あ、今日はこれ書こう」と思うので。
とは言っても、主に”眠たい”や”めんどくさい”が理由でボツになることが多々あるのですが。
戯れに、ボクがこの瞬間に全く考えてもいないネタを書いてやろうなどと、いまだかつてないボクバイ史上初の試み、「特に更新したくないけど、更新してみよう!」が始まったのでござるよ!
コレは、ボクの今の仕事にかなり近いものがあります。いつも「じゃあ、何か面白いこと考えておいて」と無茶振りをされるので、発想力を鍛える訓練にもなるんじゃねぇの?
20分ぐらいでストーリーを考えて、2時間半で書き上げました。 ……ホント、やめときゃよかったとよ。
当初の予定では、構想30分・執筆1時間で考えていたのに、大幅に延期しました。完全にボクの工程ミスです。書き始めてから1時間経ったときに「もう止めようか?」と真剣に考えました。
あと、ボクが何かを書くと「どうせパクりだろ」とか思ってたら、ぶっ飛ばします。オリジナルやっちゃうねん!いや、実際、よく言われるので。あれ、何のパクり?って。
多少のインスパイアは認めます。 それだけです。
せっかく初の試みとして”キツネハンター式あるある発想法”で更新したので、これまた初の試みとしてボクの文章を分析してみます。
文章の表現法の一つに、朦朧法 (もうろうほう) というものがあります。
ウィキペディアによると、「怪異についてはっきりとした描写をせず、曖昧な描写や暗示や仄めかしを積み重ねることによって、読者一人一人が思い思いの恐怖のなかに落ち込んでいくことを狙った手法」だそうです。
要は、解釈の余地を残し、様々に受け取れるような表現の仕方が朦朧法だと、ボクは考えています。恐怖の要素が入らない場合には、曖昧表現と言った方がいいかも知れません。
そして、ボクは朦朧法が大好きです。何故って、先を書かなくても読んだ人が勝手に想像してオチをつけてくれるので楽だから。しかも、読んだ人には、そこそこ文章力があるような印象を与えられるというオマケ付き。
怪談のオチが思いつかない時は、「それはお前のことだー」などとセリフで誤魔化してしまえばいいんです。その先は、もう気にしない。ご自由に想像してくださいってスタンスで、投げっぱなしにする。
これだけで、怪談のオチは完璧なんですから、朦朧法ってのはスゴイもんです。
その朦朧法、じゃなくて、怖くないから曖昧表現は冒頭で使用しています。
なんかパチンコ玉の話が書いてあるじゃん? アレは、全く意味がありません。 ボクにとっては全く意味がないんだけど、人によっては読み終わったあとに「あぁ、最初のはそういう意味だったのか」と誤解してくれる恐れがあります。
いわば、トラップです。それらしいことを曖昧に書いとけば、頭のいい人なら裏を読んで色々と書いた意味を考えてくれるでしょう。書いたボクは、何も考えてませんが。
また、最初から創作ネタを書いてしまうより、「今日はいつもと違うぞ?」と準備させてからネタに入った方がいいだろうと思いまして、前説として置いておきました。
昨日の上に今日を乗っけて、今日の上にはどんな明日が乗るんだろうか、なんて期待していられるほうが、やっぱりいいと思う。
パンドラの箱に最後に残ったのは希望あるいは予知と言われているから、他のと一緒に飛び出してしまっていれば良かったのに。
↑こんなもん、マジで意味分からねぇから。それっぽいことを、それっぽく書いただけです。
電車が遅れるシーンでも朦朧法を使用しています。 「本日は人身事故のためダイヤが乱れております」で終わってるところね。
本来なら、そのあとに”ボクはメールの受信日時と文章を何度も見返した”やら”その後、ボクは本当にメールは未来から着ていると確信した”なりを書かなくてはいけませんが、セリフで終わらしています。
その先を書くのめんどくさいし、何かアソコで終わってる方がテクあるっぽくねぇ?
一方で、電車に乗るシーンは詳しく記述しています。ここはどうでもよくて、いつも乗ってる特急だとか2番線に停まってるなんてことは本筋には必要ないのだけど、あえて書いています。
どうでもいいことは丁寧に書いて、大事なことは書かないのが、文章ってもんかなーとボクは思っています。
例えば、《いのちだいじに》が作品のテーマだとしたら、《いのちだいじに》ってハッキリ書いたらダメじゃん。これを詳しく書くとスゴイめんどくさいので、道徳の時間みたいに各々で理由を考えてください。
なぜ、キツネハンターはそんなことを言ったのでしょうか?(朦朧法)
あの話は、基本的に全部ウソなんだけど、いつも乗る電車のくだりだけは本当のことです。リアリティを持たせる為に挿入してみました。
99%が虚偽でも、たった1%の真実が混ざっていれば、それは真実だそうです。
ネタへの食いつきをよくするために最初にメールの文章を持ってきてみました。
よく中学生とかの文章で、↓こんなのあるじゃん。
「カキーン」
金属バットが勢いよく振られ、白球がぐんぐん夏の青空に吸い込まれていった。
なぜか分からないんだけど、効果音やセリフで始まる文章は、続きが読みたくなるんだよね。たぶん、そこで意味が分からないから興味が沸いちゃうんだろうね。
そんな訳で、小賢しい中坊が使う感じでやってみました。
メール着信音の「タッタラ〜♪」ってのを何度も書いているのは、同じ効果を狙っています。どんなメールが着たのか?と誘導する狙いで。
ネタへの食いつき関係では、タイトルの「未来からのメール」も、そう。 お前らみたいなもんはアホやから、こんなタイトルにしとけば食いつくんだろッ!
未来という少し非現実感があるものに、メールという普段から使っていて現実感があるものを組み合わせることで、ギャップを生み出しているのだよ!ツンデレの理論と同じなのだよ!!
不思議の国のアリスってあるでしょ。アレは、アリスがボクらと同じ普通の世界の住人だったのが、異世界に飛ばされちゃうから面白いんですよ。
もし、あの話の主人公がボクらから見て異世界人、トランプ二等兵とかだったら、きっとつまらない。ふ〜ん、そうなんだーで、終わっちゃいます。トランプ二等兵はボクらと根本が違うから共感できない。
そんで、トランプ二等兵は異世界人だから、異世界のことにいちいち驚かないからね。「うぉ、ネコしゃべった」とかビビらないから、面白くない。
全部が全部、突拍子もないことで固めるより、馴染みのあるものを入れておくのがミソってもんです。
う〜ん、こんなもんでしょうか。とにかく一人称は書きやすいです。三人称で書けるのは文章力のある人だ。











