きつね 今日でボクがゲーム会社に入ってから、ちょうど一年が経った。


 よい機会なので、何故ボクが”キツネハンター”と名乗っているのか書いてみようと思う。


 今までは、どうにも書く気がしなかったので避けてきたのだけれど、この季節になると、やっぱり思い出してしまうことがある。




 今から、もう数年前のことになる。ボクが”キツネ”と出合ったのは、春だった。


 当時、ボクは高校生だった。そのもっと前、中学生くらいからゲーセンに通う(注:今でも)のが日課だったボクは、放課後になると高校の近くのゲーセンに毎日のように通っていた。


 そのゲーセンには《機動戦士ガンダム 連邦vs.ジオンDX》(以下、連ジDX)が置いてあり、ボクはもっぱらそれをプレイしていた。1ゲーム\50だったのが高校生のボクにとっては有難かったのだが、あまり対戦が盛り上がらないゲーセンだった。


 あるとき、ボクがいつものように筐体へ\50を投入しプレイしようとすると、先客がいた。腕に自信があったボクは早速、反対側の台に回り、対戦を申し込んだ。


 連ジDXでは、プレイをするときに任意にプレイヤーネームを付けることができた。ボクは入力するのがめんどくさくて、デフォルトの「アムロ・レイ」や「スレッガー・ロウ」なんかでプレイしていたのだけれど、その対戦相手はユニークな名前をつけていた。


 それが”キツネ”だった。 
 ボクと同じくらいの年で、眼鏡をかけた男。いかにも勉強ができそうな高校生。それが最初にボクがキツネに抱いた感想の全てだった。


 あとになっても、何故”キツネ”というプレイヤーネームでゲームをしていたのか聞いたことがないのだけど、ボクが想像するに、自分の名前から取っていたんじゃないかと思う。


 キツネとの初対戦はボクの惨敗。横浜に出ればいざ知らず、ここらの地元じゃ向かうところ敵なしだったボクのガンダムの心を折るほど、キツネは見事にシャア専用ゲルググを操縦していた。


 それでも負けず嫌いなボクは連続でコインを投入し、ガンダムでキツネに挑み続けた。10敗近くしただろうか、やっとボクはキツネに勝った。ただ、その勝利は実力ではなく”連勝補正”によるものだった。

※連ジDXでは連勝すれば連勝するほど補正がかかり、連勝しにくくなる。これを連勝補正という。


 やっとのことで勝利をもぎとったボクの記憶に、”キツネ”というプレイヤーネームと、超絶プレイングテクを持った高校生の顔が一瞬で焼きついた。


 次の日、件のゲーセンに行くとキツネがいた。ボクは対戦を申し込み、それを勝つまで続けた。


 その次の日、件のゲーセンに行くとまたキツネがいた。次の次の日も、次の次の次の日もキツネはいた。当然のように全てのキツネと対戦した。


 そうこうしているうちにボクは自然と鍛えられ、実力的にキツネとほぼ横並びになった。勝ったり負けたり、一進一退の鍔迫り合いの試合が多くなった。


 どちらからだったか、何がきっかけだったかは思い出せないが、ボクはいつしかキツネと話すようになった。ほとんど毎日ゲーセンで対戦をしているんだから、ボクらが仲良くなるのに理由なんていらなかった。


 対戦ばかりではなく、協力プレイでもキツネとプレイするようになった。隣の台に座ってプレイするようになると、キツネはボクが知らなかった色々なテクニックを教えてくれた。


 ジャンプキャンセルを利用してビームを二連射する通称”ズンダ打ち”やガンダムの盾を無くした状態でダッシュ特殊格闘をすると出る”二刀流”、ギャンの機雷で画面を埋め尽くして処理オチさせる方法などをキツネが見せてくれる度にボクは驚いて笑った。


 その頃から、キツネとプレイするときにはボクもふざけて”キツネハンター”というプレイヤーネームでプレイするようになった。読んだまんま、「キツネを狩るもの」の意味だ。


 最初は声をかける前にいきなり乱入してボクが来たことをキツネに知らせるためだったが、そればかり使用していたのでボクの固定プレイヤーネームにしてしまった。


 ボクらが通っていたゲーセンの連ジDXのランキングは、キツネとキツネハンターで埋め尽くされていた。1人プレイ時のランキングの1位はキツネかキツネハンターで、2人プレイ時のランキングはキツネ&キツネハンターになっているのが常だった。


 もちろん、お互いに本当に毎日毎日ゲーセンに通っていた訳はなく、何日か空くこともあったが、ボクが行ってキツネがいないときには、いつもランキングの1位の名前をキツネハンターにしておいた。


 逆にボクがいなかったときには、キツネも同じ事をしていたようだ。行く時間が遅くなったりすると、キツネの姿は見えなくても、ランキング1位がキツネになっていた。


 そんなことが続いて数ヶ月が経ったころ、突然キツネが姿を見せなくなった。


 ボクがいくらランキングの1位を死守していようとも、一向にランキング圏内にすら入ってこない。たまたまボクに会えないだけではなく、ゲーセンに来ていないようだった。


 キツネが全くゲーセンに来なくなってから更に数ヶ月が経った。そのころのボクは”空中ナナメ打ち”というテクニックを発見して、なんとかこの難易度Eのテクを使いこなそうと練習していた。


 放課後になって「さて、今日もナナメ打ちの練習だ!」とゲーセンに入ると、連ジDXの台にキツネが座っていた。台にコインも入れず、どこを見ているのか分からない虚ろな目をして、ただ座っていた。

 前に見たときと眼鏡が変わっていて、心なしか痩せたようだ。


 キツネはボクに気付かないようだったので、ボクから声をかけた。


 「よぅ、キツネ。久しぶり」


 「おぅ、キツネハンターか。待ってたよ」


 「待ってた?それよか、最近どうしたんだよ? それよか、ナナメ打ちっていうスゲー技、見つけたぞ!」


 「そうか……じゃあ、対戦しよう。オレとキツネハンターの最後の対戦だ」


 「は?最後? もう金が無いってんなら貸すけど?」


 「いや、本当に最後の対戦だ」


 キツネは、急にゲーセンに来なくなった理由をボクに語った。


 キツネは生まれつき視力が弱く、医者からは徐々に視力が落ちていって最後には失明してしまう可能性があると言われたそうだ。


 そして、ゲーセンは、とかく目に悪い。タバコの煙が蔓延し、派手な色で点滅するモニター。キツネの視力が急激に落ちてきたので、医者から絶対にゲーセンには通うなと警告されたそうだ。


 「お、お前! じゃあ、なんでゲーセンになんて通ってたんだよ!! 失明しちまうかも知れないんだろ!?」


 「本当は春には止めようと思ってたんだ。よし、今日で最後のゲーセンだ!って、思いの残しがないように、思いっきり遊んでいこうって。 そしたら、その日、最後のコインを入れたときに、キツネハンターが乱入してきたんだよ」


 「……ぼ、ボクが!?」


 「いくら勝っても勝っても乱入してくるからさ、こっちも熱くなっちゃってさ。そんで、最後にはキツネハンターが勝っちゃっただろ?最後のつもりでプレイしてたんだけど、負けたままで終われるか!って火が点いたんだよ」


 「ボクが乱入したから……」


 「キツネハンターには参ったよ。次の日に今日で最後だってプレイしても、勝つまでやるし、その次の日も……って、やってるうちに止めれなくなってたよ」


 「き、キツネ! それじゃあ、ボクのせいでキツネの視力が落ちちまったのか!? 医者に止められるほどに!!」


 「キツネハンターのせいじゃないって。結局は、面白くて止められなかったオレが悪い。むしろ、楽しい時間を過ごせたから感謝してるよ。もしかしたら、この先、ゲームなんて出来なくなるかも知れないし」


 ボクは、もうキツネにかける言葉が見つからなかった。


 「さぁ、対戦しようぜ。その前に悪いんだけど、オレのモビルスーツを選択してくれないかな?」


 「キツネ、生ゲルとシャアゲルの区別がつかないほど視力が落ちてるのか……ッ!?」

 「ちょっと見えにくいだけだよ。気にすんな」


 生ゲル(ゲルググ)は青色、シャアゲル(シャア専用ゲルググ)は赤色なので、この2つの区別がつかないとなると、ほとんど見えていないようだった。


 キツネにシャアゲルを選んでやり、ボクはガンダムを選んで対戦を開始した。


 キツネはボクのガンダムとCPUのジムも、どちらがどちらか分からないようだった。それでも、最初に会った時のテクニックにかげりはなく、まるで羽のようにシャアゲルを操っていた。


 対戦の結果はキツネの勝ちだった。キツネが勝ち、今度こそゲーセンから卒業した。


 ボクがその対戦で本気でプレイしていたかは分からない。涙で画面がよく見えなかったからだ。


 「じゃあな、キツネハンター。オレの目がよくなったら、いつか、また対戦しよう」


 「……お前の目がよくならなくても!対戦しよう!! 例え、お前の目が見えなくなっても、対戦できるゲームをボクが作るからッ!!」


 「楽しみにしてるよ」




 それ以来、ボクはキツネに会っていない。ゲームセンターに行けば会えたので、連絡先も聞いていなかった。
 

 でも、ボクはキツネに会えると信じている。ボクがゲーセンに通っているかぎり、いつか、また。


 そのときはキツネにボクだってことが分かるように、今でも”キツネハンター”という名前でプレイしている。


 もし、”キツネ”という対戦者が来たら、ボクは話そうと思う。あの一件がきっかけでゲーム業界に入ろうと決心し、今では念願叶ってゲーム会社で働いていることを。